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私はケアマネジャーを2年半で辞めて、介護の現場に戻りました。
給料は、上がりました。
1人で利用者と家族を抱え込む構造からも、解放されました。
それでも転職先の職場を私は4年半で辞めています。
「ケアマネを辞めて現場に戻る」と検索してここに来た方は、たぶん今、辞めるかどうかで迷っているのだと思います。
私も同じ場所で迷っていました。
先に結論から書きます。
結論。戻ったことは正解だったが、戻る先の選び方は失敗した
私の場合、答えははっきり2つに分かれました。
・ケアマネを辞めて現場に戻った判断──後悔していません。
・戻る先の職場を選んだ判断──失敗でした。
この2つは別の話で、ここを分けずに考えると、
「現場に戻ったけどうまくいかなかった」
という結果だけが残って、
「じゃあケアマネを辞めなければよかったのか」
と、間違った反省をすることになります。
私は一度、その間違え方をしました。
ケアマネを辞めたいと思った理由
居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして働いていたのは、2年半です。
辞めたいと思った理由は、大きく3つありました。
私用スマホの番号が、利用者宅に残ってしまった
始まりは、こちらの落ち度ではありませんでした。
事前に約束していた日時に、利用者宅を訪問しました。
インターホンを押しても、応答がない。
当時、私に社用の携帯は支給されていませんでした。
連絡を取る手段は、自分のスマホしかありません。
約束した時間に来ているのにインターホンを押しても応答がないのだから、電話をかけるのは当たり前です。
私は、自分のスマホから利用者宅の固定電話にかけました。
これで、利用者宅の電話の着信履歴に私の個人の電話番号が残りました。
その日はそれで終わりました。
問題が始まったのは、そのあとです。
時間を問わず、かかってくるようになった
利用者の息子さんから、私のスマホに直接電話がかかってくるようになりました。
時間帯は関係ありませんでした。
最初は出ていました。
担当ケアマネですから、連絡を取れないよりは取れた方がいいと思っていました。
ただ、続けているうちに、無理だとわかりました。
休みの日も、夜も、着信が来る。
着信が来ていない時間ですら、次はいつ鳴るかと考えている。
私生活が、仕事に浸食されていきました。
ある日、私用の携帯にはかけないでほしいこと、事業所の電話にかけてほしいことを、はっきり伝えました。
「24時間対応するのが、心で仕事をすることだ」
息子さんの反応は、私の想定を超えていました。
「24時間対応するのが、心を込めて仕事をすることだ」
という持論を、繰り返し展開されるようになりました。
そして、私が持参する書類への捺印を拒否するようになりました。
印鑑がもらえないと、仕事が成立しない
ここが、この仕事の一番きつい構造だと思います。
ケアマネの仕事は、書類の上に成り立っています。
ケアプランも、担当者会議の記録も、利用者や家族の同意がなければ完成しません。
同意の証明が、署名と捺印です。
そして、ちょうどその時期、監査の話が出ていました。
当時、利用者や家族からの捺印がない書類は、不備として扱われていました。
つまり、こういう状態でした。
- 個人の携帯に24時間対応すれば、私生活が壊れる
- 断れば、書類に印鑑がもらえない
- 印鑑がなければ、監査で不備になる
どこにも逃げ場がありませんでした。
上司には相談していた。けれど、深刻には伝えなかった
上司に話していなかったわけではありません。相談はしていました。
ただ、今から振り返ると、私は「深刻なケース」として報告していませんでした。
理由ははっきりしています。
自分の担当だから、自分で解決しないといけないと思っていたからです。
上司の反応も、「もう少し様子を見よう」というものでした。
当然だと思います。
当事者である私が深刻さを伝えていないのだから、上司にそう見えるはずがありません。
このとき私は、担当制という仕組みの一番危ない部分に、自分から入り込んでいました。
「担当だから自分で何とかしなければならない」という思い込みが、事態を悪化させました。
そして、これはケアマネという仕事の構造とセットになっています。
担当は自分です。
書類も自分の名前で出します。
だから、問題が起きたときも「自分の管理能力の問題だ」と受け取ってしまう。
助けを求めるのが遅れる。
遅れている間に、状況は進む。
私の場合、それが次の話につながりました。
1人で抱え込む構造と発想だった
これが一番大きかったかもしれません。
居宅のケアマネは、担当制です。
担当した利用者は、自分の利用者になります。
当時、私が受け持っていたのは30〜35人でした。
現場の介護職なら、相性の悪い利用者がいても「今日は別の職員が入る」ということができます。
シフトが変われば距離が取れます。
ケアマネにはそれがありません。
「代わってほしい」と言い出せなかった
同じ事業所には、他のケアマネもいました。
相談しようと思えば、できたはずです。
ただ、周りを見ると、私より遥かに困難なケースを抱えている人ばかりでした。
その中で「自分の利用者の家族対応が辛い。」と言い出すのは、どうしても気が引けました。
自分の担当が特別大変なわけではない。
単に、自分が処理しきれていないだけではないか。
そう思ってしまう。
結果、自分が今どれくらいキツい状況なのか、言えないまま抱えました。
仕事が終わっても、終わらなくなった
一番こたえたのは、勤務時間の外まで侵食されたことです。
仕事が終わって家に帰っても、休みの日でも、その利用者と家族の顔が頭をよぎる。
- 次に会ったとき、何を言われるだろうか
- あの件はどう対応するのが正解だったのか
- 印鑑をもらえないまま、いつまで持つのか
考えないようにしようとするほど、考えている。
給料が発生していない時間に、その人のことを考え続けている状態でした。
これが、担当制ということの実態だと思います。
担当が自分である以上、逃げる場所も、代わってもらう相手も、考えるのをやめるタイミングもありません。
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食べられなくなった
最終的に、体に出ました。
食欲がないわけではありませんでした。お腹は空きます。ご飯も食べ始めます。
ただ、半分くらいまで食べたところで、受け付けなくなる。
無理に食べようとすると、戻してしまう。
自分では、そこまで深刻だと思っていませんでした。
忙しいから、疲れているから、そのうち戻るだろう、くらいに考えていました。
受診のきっかけは、その様子を父に見られたことでした。
自分では認められていなかったものを、他人に見られて初めて、これはおかしいのだと分かりました。
心療内科に通うことになり、処方された薬を飲みながら仕事をしていました。
その薬には副作用がありました。運転中に、強く眠くなることがありました。
ケアマネの仕事は、車での移動が前提です。
訪問に行き、サービス事業所に行き、また戻る。
その移動中に眠気に襲われるというのは、自分だけの問題では済みません。
この段階で、「ケアマネを続けるか、辞めるか」ではなく、「このまま続けたら事故を起こす」という話になっていました。
※あわせて読む:ケアマネを辞めてよかったか。資格を失効させた私の答え
現場に戻って、改善したこと
悩んだ結果、ケアマネを辞めてリハビリ特化型のデイサービスに移りました。ケアマネから、現場の介護職に戻った形です。
担当を1人で持たなくてよくなった
これが、戻って一番よかったことです。
現場には、複数の職員がいます。
相性の合わない利用者がいても、自分が窓口を全部背負うわけではありません。
家族対応も、管理者や相談員が入ります。
私の携帯番号を求められることも、書類に印鑑をもらうために頭を下げることもなくなりました。
ケアマネで一番きつかった部分は、確かに解消されました。
給料は、むしろ上がった
意外に思われるかもしれません。
「ケアマネ=資格職=給料が高い」というイメージがあります。実際、そういう職場もあります。
ただ、これは職場によります。
私の場合、居宅のケアマネ時代より、戻った先のデイサービスの方が年収は上でした。
というより、そうなるように選びました。
このとき私が優先したのは、はっきり2つでした。
- 年収を下げないこと
- 1人で抱え込まなくていい現場の仕事であること
ケアマネで消耗しきっていたので、「抱え込まなくていい」は絶対条件でした。
そして、年収を下げる転職はしたくなかった。
この2つを満たす求人を探して、見つけて、決めました。
そして、この2つ以外を、私は見ませんでした。
つまり、「ケアマネを辞めると収入が下がるから辞められない」という前提は、必ずしも正しくありません。
求人を見比べてみると、思っていたのと違う、ということはあります。
ただ、私の場合、その年収の高さには理由がありました。
現場に戻って、新しく発生した問題
ここからが、この記事で一番書きたかったことです。
戻った先の職場は、4年半で辞めました。
ケアマネで起きていた問題は解決したのに、別の問題が発生したからです。
①体育会系だという話は、事前に聞いていた
先に、一番言いにくいことを書きます。
私は、この職場が体育会系だという話を、就職前から知っていました。
ケアマネ時代の上司から聞いていました。
あそこはそういう社風だ、と。
それでも、私はそこに決めました。
・年収を上げたかった。
・1人で抱え込む仕事から離れたかった。
その2つが満たされるなら、社風の話は何とかなると思っていました。
正確に言えば、「何とかなる」と思ったのではありません。考えないことにしたのだと思います。
実際に、どうだったか
入ってから、話の通りだと分かりました。
業務後の合同勉強会
他の事業所と合同で行われる勉強会が、就業時間後にありました。移動が片道20分、勉強会そのものが1時間。
これが「当たり前」でした。
参加しない選択肢は、実質ありません。
飲み会
書面に書かれたルールではありませんが、経営者や上司より先に帰りにくい雰囲気があり、午前様になることもありました。
書面に書かれた規則ではありません。
誰も明文化していません。
ただ、全員がそれを守っていました。
こういうものは、求人票には一切書かれていません。
そして私の場合は、求人票に書かれていなかったから分からなかったのではありません。
聞いていたのに、無視しました。
②密室で、繰り返し言われた
デイサービスには、個浴があります。
ひとつの浴室で、職員1人が利用者1人に対応する形です。
その利用者の入浴介助は、洗髪も洗体も、細かい要望がありました。
要望通りにできていないと判断されると、こう言われました。
「殴るぞ」
「介護士なんてアホでも出来る仕事やぞ」
一度や二度ではありません。繰り返しでした。
個浴は、密室です。
他の職員はいません。
その場で何を言われても、誰も見ていません。
最初は、耐えていました。
・利用者だから。
・認知症の影響があるかもしれないから。
・自分が至らないのかもしれないから。
介護の仕事をしていると、そうやって自分の側に理由を探すクセがつきます。
③快復しかけていたものが、また戻り始めた
ケアマネ時代に食べられなくなった話を書きました。
現場に戻ってから、少しずつ食べられる量は増えていました。
年単位の時間がかかりました。
6割、7割と、本当にゆっくりでした。
その利用者への対応が続く中で、また、少量で受け付けなくなりました。
何年もかけて快復してきたものが、逆行し始めていました。
このとき初めて、「我慢して続ける」という選択肢が消えました。
④今度は、文書で訴えた
ケアマネ時代、私は上司に深刻さを伝えませんでした。自分の担当だから自分で解決すべきだと思って、抱え込みました。
その反省がありました。
だから今回は、文書にして上司に提出しました。
口頭ではなく、記録に残る形で。
どういう言動があったか、いつ、どういう状況で言われたか。自分の状態がどうなっているか。
正しい手順を踏んだつもりでした。
⑤文書を提出しても、状況は変わりませんでした
文書を提出しましたが、少なくとも私が期待していたような対応にはつながりませんでした。
利用者への対応が変わったと感じることもなく、私自身の負担も変わりませんでした。
私の視点では、会社に文書を提出しただけで終わった印象です。
つまり、こういうことです。
- 私が我慢するか
- 何も変わらないか
選択肢は、その2つしかありませんでした。
ここで分かったこと
ケアマネ時代の失敗は、「相談しなかったこと」だと思っていました。
だから今度はきちんと相談した。文書にまでした。
それでも、結果は同じでした。
このとき理解しました。
個人が正しく動いても、会社が動かなければ何も変わらない。
職員を守る仕組みがない職場では、どれだけ手順を踏んでも、最後は「自分が耐えるかどうか」に戻ってきます。
これは、私の頑張りでどうにかなる問題ではありませんでした。
そして一番こたえたのは、ケアマネ時代とまったく同じことが起きたことです。
仕事が終わった後も、その人の顔が浮かぶようになりました。
朝、起きたとき、家に帰った後、休みの日。
勤務中でもないのに、その人のことを考えている。
ケアマネのときは「担当を1人で抱える」のがきつかった。
現場では「その人と2人きりで同じ空間にいる」のがきつかった。
形が違うだけで、逃げ場がないという点では同じでした。
職種を変えても、解決していなかったのです。
ここから学んだこと。「何を辞めたいのか」を分けて考える
5回の転職を経て、今なら言えることがあります。
職種が嫌なのか、職場が嫌なのか
「ケアマネを辞めたい」と思っているとき、その中身は実は2つに分かれます。
| どちらの問題か | 中身 | 解決策 |
|---|---|---|
| 職種の問題 | 担当制、書類、家族対応など、ケアマネという仕事の構造 | 職種を変える |
| 職場の問題 | 上司、人員配置、法人の方針、特定の利用者 | 事業所を変える |
私の場合は、職種の問題でした。
担当を1人で持つ構造そのものが合わなかった。
だから現場に戻ったのは正解でしたが、
「今の事業所の管理者が合わない」
「件数が多すぎる」
という話なら、別の居宅に移るだけで解決した可能性があります。
ここを混ぜて考えると、ケアマネという職種ごと捨てることになります。
それは、もったいない場合があります。
ケアマネを辞めても、次で別の問題は起きる
私は、ケアマネの問題が解決すれば楽になると思っていました。
実際には、解決しました。
そして、新しい問題が発生しました。
これは私が特別運が悪かったわけではないと思っています。
どの職場にも、何かしらあります。
大事なのは「問題がゼロの職場を探す」ことではなく、「自分が耐えられない種類の問題は何か」を知っておくことです。
私の場合、それは──
- 1人で抱え込まされること
- 逃げ場がないこと
- 会社が職員を守らないこと
この3つでした。5回転職して、ようやく言語化できました。
だから、次は「条件」ではなく「合うか」で選ぶ
私が戻る先を選んだとき、見ていたのは年収と「抱え込まなくていいこと」でした。
結果、その2つは満たされました。
そして4年半で辞めました。
条件で選ぶと条件は満たされますが、それ以外は満たされません。
そして、もっと厄介なことがあります。
条件が満たされていると、他の問題を我慢してしまいます。
・年収が高い。
・抱え込まなくていい。
・だったら飲み会くらい
・だったら勉強会くらい
そうやって、自分に言い聞かせながら4年半が過ぎました。
現場に戻るなら、確認しておきたいこと
同じ失敗をしないために、私が今なら確認することを書いておきます。
担当制かどうか
デイサービスでも、担当制を敷いている事業所はあります。
「現場に戻れば担当から解放される」とは限りません。ここは事前に確認する価値があります。
家族対応・利用者トラブルの窓口が誰か
問題が起きたとき、現場職員が矢面に立つのか、管理者が対応するのか。
これは事業所によってはっきり分かれます。
そして、職員の消耗度が全然違います。
飲み会・勉強会・残業の実態
求人票に「残業ほぼなし」と書いてあっても、就業時間後の勉強会は「残業」に数えられていないことがあります。
私が経験した合同勉強会も、飲み会も、残業として扱われてはいませんでした。
では、どう調べるか。
私は今なら、面接では聞きません。
面接で
「飲み会は多いですか」
「勉強会は業務時間内ですか」と
聞いて、正直に答えてくれる会社はほとんどありません。
「うちはそんなことないですよ」で終わります。
むしろ、聞いたことで印象を悪くする可能性もあります。
聞くなら、転職エージェントの担当者にです。
私は今の職場を探したとき、エージェントに条件を伝えました。
通勤時間と、定時で帰れることです。
年収ではありませんでした。
すべての職場の内情が分かるわけではありません。
担当者によって、持っている情報の量にも差があります。
それでも、自分一人で求人票を見比べるより、「この条件ならどこが候補になるか」を第三者と整理できたのは大きかったと思っています。
前回の私は、年収と「抱え込まなくていいこと」の2つだけを見て、聞いていた社風の話を無視しました。
一人で決めたからです。
今の職場は、年収が多少下がりました。
微減で済みましたが、下がったことに変わりはありません。
そして今現在も、辞めずに転職エージェントの方が紹介してくれた職場で続いています。
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まとめ
ケアマネを辞めて現場に戻ったこと自体は、間違いではありませんでした。
間違えたのは、戻る先を年収と「抱え込まなくていいこと」の2つだけで選んだことです。
しかも私は、その職場の社風を事前に聞いていました。
情報がなかったわけではありません。
条件が魅力的だったので、聞いていた話の方を軽く見ました。
これが、私の本当の失敗です。
もし今、ケアマネを辞めるか迷っているなら、順番に考えてみてください。
- 辞めたいのは「ケアマネという職種」か、「今の事業所」か
- 自分が耐えられないのは、どういう種類の問題か
- 次の職場は、その問題が起きにくい構造になっているか
- 自分は今、何を優先しすぎていないか
4つ目が、私の場合は一番大きかった部分です。
追い詰められているときほど、「これさえ解決すれば」と思います。
私の場合は「抱え込まなくていい仕事」と「年収」でした。
その2つが手に入るなら、他は目をつぶれると思ってしまう。
一人で決めると、自分に都合よく解釈します。
私は実際にそうしました。
だから、決める前に一度、外の目を入れた方がいいと思っています。
他にどんな職場があるのか、その条件は本当に自分に合っているのか。
比べる相手がないと、目の前の1つが良く見えます。
辞めることが前提でなくていい
もう一つ書いておきたいことがあります。
私は今の職場でも、一度「辞めたい」と思ったことがあります。
そのときも転職エージェントに相談しました。そして、残りました。
紹介された候補が、以前失敗したのと同じ体育会系の職場だったからです。
比べてみて初めて、今の職場の環境がどれだけ良いかが分かりました。
相談したからといって、辞めなければいけないわけではありません。
比べた結果、残るという判断もあります。
私はそうしました。
今すぐ辞める必要はありません。
ただ、「自分の条件なら、ほかにどんな職場があるのか」を確認しておくと、辞めるにしても残るにしても、判断の材料になります。
私は5回転職して、それを学びました。