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介護の仕事で「もう無理だ」と思って、検索してここに来た方へ。
私は介護の仕事を20年続けて、5回転職しました。
・特養
・小規模多機能
・リハビリデイサービス
・居宅のケアマネジャー
・リハビリデイサービス
・デイケア
そのうち4回は、「もう無理だ」と思って辞めています。
それでも、介護の仕事自体は辞めていません。
先に、この記事で一番書きたいことを書きます。
はじめに。もう限界が体に出ている方へ
読み進める前に、ひとつだけ確認してほしいことがあります。
・食事が入らない
・眠れない
・出勤前に体調が崩れる
こういう状態がすでに出ているなら、この記事を読んで「辞めるか続けるか」を決める段階ではありません。
まず仕事から距離を取ること、そして医療機関に相談することを先にしてください。
私自身、ケアマネ時代にこの状態になりました。
ここまで来ると快復するのに、年単位の時間がかかってしまいます。
皆さんにはそんな経験はして欲しくありません。
判断は、体が戻ってからでも間に合います。
結論。「もう無理」は、3つに分かれます
「もう無理」とひとことで言っても、中身は同じではありません。
私の5回を振り返ると、はっきり3種類に分かれていました。
| どれが無理か | 中身 |
|---|---|
| ①介護そのもの | 夜勤、認知症対応、入浴介助など、仕事の中身そのもの |
| ②今の職場 | 上司、社風、人間関係、会社が職員を守らないこと |
| ③今の役割 | 役職、担当制、抱える責任の量や種類 |
そして、この3つで取るべき行動は違います。
介護そのものが無理なら、介護以外を考える必要があります。
今の職場が無理なら、事業所を変えるだけで解決する可能性があります。
今の役割が無理なら、役割を降りるだけで済むこともあれば、職種ごと変える必要があることもあります。
ここを分けずに「介護はもう無理」と決めると、変えなくてよかったものまで手放すことになります。
私は一度、手放しています。
①介護そのものが無理だったとき
最初に就職した特養での話です。
2年以上いましたが、辞める前の私は、自分の言動が変わっていくのが分かっていました。
疲れが抜けない状態が続くと、言葉が短くなります。
手つきが雑になります。
自分で気づいていました。
気づいた上で、変えられませんでした。
このとき私が「もう無理」と思っていたのは、夜勤と、認知症のある利用者への対応でした。
つまり、仕事の中身そのものです。
ただ、いま振り返ると、ここには上司との関係も混ざっていました。
夜勤明けの会議で居眠りをして、文房具を投げつけられたことがあります。
その上司は、夜勤中に利用者へ粗暴な言動を取る人でもありました。
「介護そのものが無理」と思っていたものの中に、今の職場が無理、という理由が混ざっていたということです。
ここが、切り分けの難しいところだと思います。
※あわせて読む:特養を辞めたい。2年半働いて限界だった夜勤と利用者対応の話
介護自体が無理なのかの見分け方
私が今なら確認するのは、この2つです。
職場を変えても同じことが起きると思うか。
夜勤そのものがきついなら、どこの施設に行っても夜勤はあります。
その業務を、条件のいい職場でならやれると思うか。
やれると思うなら、それは介護そのものが無理なのではありません。
②今の職場が無理だったとき
ケアマネを辞めて現場に戻ったあと、4年以上いた職場での話です。
ここで起きたことは、介護の仕事の中身とは関係のないものでした。
・就業時間後の合同勉強会が「当たり前」だった
・飲み会は、経営者より先に店を出てはいけなかった
・個浴という密室で、特定の利用者から繰り返し暴言を受けた
利用者からの暴言の件は、文書にして上司に提出しました。
しかし会社は、動きませんでした。
上司は私の提出した書類を受け取って、「ケアマネに相談しています。」と言うだけで終わりました。
このとき理解したのは、個人が正しく動いても、会社が動かなければ何も変わらないということです。
職員を守る仕組みがない職場では、どれだけ手順を踏んでも、何も現状は変わりません。
今の職場が無理なのかの見分け方
ここは比較的はっきりしています。
・問題を持ち込む先があるか、持ち込んだら動くか。
動かないなら、それは職場の問題です。
そしてこの点は、あなたが頑張ってどうにかなる種類のものではありません。
③今の役割が無理だったとき
私はこれを2回やっています。
1回目は、副主任になったときです。
残業が当たり前になり、自分が現場にいない時間の事故まで責任を問われ、利用者のクレームの受け口になりました。
最終的に降格して、楽になりました。
※あわせて読む:介護の副主任になって、降ろされました。手当5000円で増えたもの
2回目は、ケアマネになったときです。
居宅のケアマネは担当制です。当時、私が受け持っていたのは30〜35人でした。
相性が悪くても、担当を外れない限り関係は続きます。
現場なら「今日は別の職員が入る」ができますが、ケアマネにはそれがありません。
私が限界になったのは、介護が嫌になったからではありませんでした。
一人で抱える構造が合わなかったからです。
※あわせて読む:ケアマネを辞めて介護現場に戻った結果
今の役割が無理、には2種類あります
ここは分けて書いておきます。
副主任は、降りれば済みました。
同じ職場のまま、役職を外れるだけで負担は軽くなりました。
ケアマネは、そうはいきませんでした。
担当制はケアマネという職種の構造なので、事業所を変えても付いてきます。
降りられる役割なのか、職種ごと変わらないと解決しないのか。
同じ「役割が無理」でも、必要な移動の大きさが違います。
役割が無理かどうかの見分け方
その役割を降りたら、続けられると思うか。
私は、副主任を降りて楽になりました。
ケアマネを辞めて現場に戻り、担当を持たなくなって楽になりました。
どちらも、介護を辞めたわけではありません。
分けてみると、行き先が変わります
私の5回を、この3つで整理するとこうなります。
| 職場 | 何が無理だったか |
|---|---|
| 特養 | ①と②が混ざっていた |
| 小規模多機能 | ②(経営者の方針) |
| リハビリデイ(1回目) | ③(副主任) |
| 居宅ケアマネ | ③(担当制) |
| リハビリデイ(2回目) | ②(社風、会社が動かないこと) |
介護が無理、という理由が単独だった回は、1回もありませんでした。
20年やってきて、「介護そのものが無理」だったことは、結局なかったということです。
正確に書くと、私は一度だけ介護を離れて、異業種で2年働いています。
あのときは介護が無理だと思っていました。でも戻ってきたので、本当にそうだったのかは分かりません。
これは私の場合です。
本当に介護そのものが無理という人もいると思います。
ただ、自分の視点だけだと気づけていない可能性もあります。
順番に考えてみてください
- いま「もう無理」と思っているものを、具体的に書き出す
- それが①介護そのものか、②今の職場か、③今の役割か
- 複数混ざっていないか
- 混ざっているなら、どれが一番大きいか
4番まで来ると、次にやることが変わってきます。
①介護そのものが無理だった場合
介護以外の仕事も含めて考えることになります。
私は一度、介護を離れて異業種で2年働きました。そして、戻ってきました。
出てみないと分からないこともあります。
※あわせて読む:介護職を辞めて異業種で2年働いた結果、介護に戻りました
②今の職場が無理だった場合
他の事業所がどうなっているかを調べることになります。
介護の仕事そのものを辞める必要はありません。
③今の役割が無理だった場合
まず、その役割を降りられるかを考えます。
降りられないなら、同じ介護業界の中で職種や働き方を変えるかどうかの判断になります。
すでに心身に症状が出ている場合
この場合は転職先を探すより、まず仕事から距離を取ること、専門家に相談することを優先してください。
冒頭にも書きましたが、判断は体が戻ってからで間に合います。
私は3を飛ばして「介護はもう無理だ」と思った時期がありました。
書き出してみると、実際には②と③でした。
まとめ
介護の仕事で「もう無理」と思ったとき、私が今なら最初にやるのは、辞めるかどうかを決めることではありません。
何が無理なのかを、3つに分けることです。
- 介護そのもの
- 今の職場
- 今の役割
私は5回転職して、介護そのものが無理だったことは一度もありませんでした。
そして今も、介護の仕事を続けています。
続いている理由は、根性でも我慢でもなく、職場と役割を変えたからです。
分けて考えたあとで、それでも辞めるという判断になるなら、それは正しい判断だと思います。
ここで止めてほしいのは、無理と感じた理由を細かく分ける前に全部を手放してしまうことだけです。