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介護の入浴介助がきつい。
毎日のように入浴介助が続いて、もう辞めたいと感じている方もいると思います。
私は介護職を20年続けています。
夏は暑さでフラフラになり、冬は濡れた衣類を着たまま、利用者を誘導して廊下で震えていました。
いつまで経っても慣れるものではありませんでした。
ただ、半日型のリハビリデイで働いたときは、入浴介助そのものがありませんでした。
介護職を辞めなくても、職場が変われば入浴介助がなくなる場合があります。
夏は暑さ、冬は寒さ。季節でつらさが変わります
入浴介助は、季節によってきつさの種類が変わります。
夏は暑さです。
浴室は高温多湿で、こちらは服を着たまま動き続けます。
汗の量が半端ではありませんでした。
コロナ禍からは、入浴介助でもマスクが必要になりました。
自分の吐く息が暑苦しくて、その息が口元から抜けません。
それでもマスクは外せませんでした。
冬は逆です。
濡れた体の利用者を誘導して廊下を歩くとき、こちらの衣類も濡れています。
寒くて辛い時間でした。
暑さも寒さも、慣れることはありませんでした。
時間に追われる慌ただしさがあります
もう一つきついのは、時間です。
決まった時間の中で、何人もの入浴を済ませます。脱衣、洗身、浴槽、着衣、誘導。それを次々と繰り返します。
終わったと思ったら、次の方が待っています。
私が働いていた職場では、しんどくなって現場から急に離れた人もいました。
一番怖かったのは、事故です
入浴介助で一番怖いのは、転倒です。
裸で、足元は濡れています。普段の転倒とは、危険の度合いが違います。
常に緊張していました。
この緊張は、慣れても軽くなりませんでした。
夜勤明けの入浴介助がありました
人員が足りないとき、夜勤明けでも入浴介助に入ることがありました。
一睡もしていない状態で、高温多湿の浴室に入ります。
そのとき、脈の打ち方が変な気がしました。
そのまま入浴介助を続けました。
今なら、一度休むべきだったと思います。
このころの働き方については、別の記事に書いています。
※あわせて読む:特養を辞めたい。2年半働いて限界だった夜勤と利用者対応の話
利用者からの言葉がきついこともありました
別のデイで、個室での入浴介助を担当していたときのことです。
利用者からの言葉に参ってしまう、そういう被害もありました。
入浴介助は1対1の場面が多く、ほかの職員の目が届きません。
そのぶん、身体的なきつさとは別のきつさがありました。
このときのことは、別の記事に書いています。
※あわせて読む:ケアマネを辞めて介護現場に戻った結果。2年半で限界がきた理由と、戻ってから起きたこと
入浴介助がきつくて辞めたいと思ったら
「入浴介助がきついから介護職を辞めたい」と感じていても、一度分けて考えてみてください。
・介護の仕事そのものが嫌なのか
・入浴介助の多い職場が嫌なのか
この2つでは、選べる道が変わります。
私の場合は、後者でした。
半日型のリハビリデイには、入浴介助がありませんでした
私が働いていた半日型のリハビリデイでは、入浴サービス自体がありませんでした。
利用者は午前か午後の半日だけ来て、リハビリをして帰ります。
入浴介助を上手にこなす方法を身につけたわけではありません。
入浴介助のない職場に移っただけです。
同じ介護の仕事でも、業務の中身はまったく違いました。
この職場については、排泄介助の記事にも書いています。
※あわせて読む:介護の排泄介助がきつい。20年やっても慣れきれない私の話
ただし、代わりに増えたものがあります
半日型のデイは、1日に2回、利用者が入れ替わります。
そのぶん、送迎が1日型のデイより多くなります。
入浴介助がなくなった代わりに、運転の時間が増えました。
私にとっては、そのほうが耐えられました。
ただ、運転が苦手な方には別の負担になると思います。
何を減らしたいかで、職場は選べます
特定の業務がきついなら、「何を減らしたいのか」に優先順位をつけて職場を見るのも一つだと思います。
私自身、入浴介助のない職場、夜勤のない職場、オムツ交換がほとんどない職場で働いてきました。
介護職を20年続け、5回転職した今は介護職そのものを辞めなくても、職場を変えることで減らせる負担はあると考えています。
すべての負担が少ない職場を探すのは難しくても、自分が特につらい業務を減らせる職場はあります。
まとめ
- 入浴介助は、夏は汗と暑さ、冬は濡れた衣類での誘導が寒い
- 裸で足元が濡れているので、転倒事故が一番怖い
- 夜勤明けの入浴介助は、体がついていかなかった
- 半日型のリハビリデイには、入浴介助がなかった
- ただし、代わりに送迎が増えた
入浴介助がきついからといって、介護の仕事そのものを辞める必要はありませんでした。